2015年6月14日日曜日

スイスの医療保険 (1)

スイスにおける医療制度の話。

スイスの医療費は高額ですが、万が一、怪我や病気を患った時に必要な治療が受けられるよう、リスクを分散して負担するための制度が社会に組み込まれています。中心となるのは健康保険(医療保険)ですが、この制度設計が日本とは大きく異なります。

個人的には、患者側から見ると日本の医療制度はかなり恵まれていると思いますが、高齢者が増えていく今後は持続可能性に疑問があります。スイスも高齢化に伴い医療費の増加が問題となっていますが、日本よりは状況は良いようです。
日本の今後の医療制度を考える上で、混合診療の是非(日本医師会による反対意見)や専業主婦の扱いなど、日本とは異なる制度を見てみるのも参考になると思います。

日本とスイスの医療制度比較

大きな違いは次の3点。
  • 日本の健康保険は実際には福祉(応能負担)だが、スイスでは保険(応益負担)
  • 小さなリスクに関してはカバーせず、大きなリスクのみカバーする。
  • 必要最低限をカバーする基本保険と、それ以上の保障を求める人向けの追加保険の組み合わせ。(混合診療)
一方で類似点は、国民皆保険制度をとっている点です。
  • 国が介入して医療保険でカバーされる治療の範囲を決めている。
  • 全員が基本保険に加入しなければならないが、逆に、保険会社によって加入を拒まれることもない。
以下、スイスの医療保険制度を細かく見ていきます。

基本保険 (KVG)

スイスに一定期間以上住む人間は、原則として基本保険に加入する義務があります。例外は海外赴任などでスイスに来ていて、基本保険よりも優れた保険にカバーされている場合。

基本保険では、国によって、保険が適用される治療や処方薬が定められています。ただし、一般的な治療はほぼ基本保険で賄われると思って間違いありません。日本と比較して薬の承認なども早く、たとえば肺炎球菌ワクチンは日本では2013年まで7価対応でその後にようやく13価対応となりましたが、スイスでは早くから13価対応ワクチンが使用されてきました。

基本保険は民間保険会社によって提供されて、個々人で保険会社から購入します。ただし医療難民を産まないために、保険料の算定にあたっては次の情報しか使用できないことになっています。
  • 年齢
  • 性別
  • 居住地
この中に入っていない重要な情報は、既往歴です。保険会社としては、重病を患っていて定期的に高額な治療が必要な患者の加入を認めると持ち出しになるのが明白なので断りたいところですが、それは認められません。これによって高額な医療費が払えずに治療を受けられないという問題の発生を防いでいます。

日本では使われているのに、スイスでは使われていない情報は年収です。日本は年収が増えると保険料が増える(応能負担)ですが、スイスではあくまでリスクに応じて保険料を負担する(応益負担)制度になっています。また専業主婦や子供を扶養者として無料でカバーする制度もありません(ただし子供に関しては保険料が安く抑えられています)。
本来、保険というのはリスクに応じて保険料を負担して、万が一リスクが実現した場合には集めた保険料から支払いを行う制度です。日本の医療保険制度はリスクと無関係に保険料が決まっているが受けられるサービスは同じという点で、保険ではなく税金と呼んだほうが適切な制度です。

基本保険を購入する場合、各人で選択可能な要素が2つあります。
  • 保険モデル
  • 控除額

保険モデル

これは、医師にかかる権利に制約を設けることで保険料を割り引くことです。最も割高なのが制限なしのモデルですが、それに対して次のような保険モデルがあります。

Telmed
医師の診察を受ける前に、保険会社のコールセンターに電話をかけます。保険会社の方で医師の診察が必要と判断した場合は、保険会社側で医師の予約をとるか、あるいは患者側でとった予約を伝えて承認を受けます。
コールセンター側の判断に束縛される契約と、コールセンターが通院不要といった場合でも患者判断で通院できる契約があります。もちろん前者のほうが保険料は割安。私は実際に利用したことはないのですが、聞いた範囲では運用はそれほど厳しくないようで、何らかの症状が出ているにも関わらず通院が認められないことはほぼ無いようです。

HMO
通院する場合、必ず最初の一回は保険会社指定の一般医に診察を受けます。一般医が診察の上、必要であれば専門医に紹介されます。
保険会社が開業医を組織してネットワークを作っている場合と、保険会社が一般医を集めた診療所を開設している場合があります。

GP
かかりつけ医を決め、通院する場合、最初の一回はそのかかりつけ医に診察を受けます。かかりつけ医が必要と判断した場合、専門医に紹介されます。

一般医と専門医を比較すると、前者のほうが診察費は安いです。素人判断で専門医にかかったところ、実は大したことがなくて自宅でゆっくり寝ていれば良いだけということが判明したり、誤った専門科にかかってしまうことを防止することで保険金支払いを抑制し、結果的に保険料を値下げしているものと思われます。

控除額

スイスでは、毎年一定額までは全額自己負担となります。これを控除と呼びます。控除額は一定の範囲内で加入者が自由に選択することができます。大人は年間300CHFから2500CHF、子供は0CHFから300CHFまで。
健康な大人の場合は控除額を2500CHFとし、子供は0CHFにすることが一般的。持病がある場合には大人でも300CHFを選択します。

年間の医療費が控除額を超えた場合、超えた金額の90%を保険会社負担、10%のみ自己負担となります。たとえば控除額300CHFに設定してあって600CHFの医療費が発生した場合、次のような負担割合となります。

  • 最初の300CHF = 全額自己負担
  • 次の300CHF = 90%保険負担 (270CHF) + 10%自己負担 (30CHF)

自己負担額にも上限が設定されており、年間700CHFまでです。それを超えると全額保険負担。

日本では医師に診察を受けると、初回から自己負担額は3割で、残りの7割は保険組合負担です(現役世代の場合)。したがって軽い風邪でも気軽に医師にかかれます。
一方スイスでは一定額までは100%自己負担なので、軽症の場合には医師にかからず薬局で薬を買って済ませることが多いです。しかし本当に高額な医療費がかかる場合には、保険が手厚く負担する制度になっています。

保険料

基本保険料の算出に用いられるのは年齢、性別、居住地、保険モデル、控除額ですが、保険会社によって金額が異なります。
受けられるサービスが同じである以上、保険料が安いところに集中するかというとそうでもなくて、保険金請求に対する対応の早さ、Telmed を選んだ場合のコールセンターの混雑具合や近くの医師が HMO に加入しているか、書類の対応言語数(私にとっては英語対応かどうかが重要)、オンラインシステムの使い勝手、また取り扱っている追加保険の内容といった基本保険自体以外の要素も踏まえて選択されます。

大手である Sanitas での2015年の保険料を参考につけておきます。

共通: 男性, 30歳, チューリッヒ市内居住, HMOモデル, 会社勤務

ケース1 健康な場合
控除額: 2500CHF (33万円)
保険料: 257CHF/月 (34,000円)

ケース2 頻繁な治療が必要な持病がある場合
控除額: 300CHF (4万円)
保険料: 377CHF/月 (50,000円)

健康で特に医師にかからない場合は年間3084CHF(41万円)を保険会社に支払って受取はなし、持病があって頻繁に病院にかかる場合には保険料、控除額と医療費自己負担分の合計年間5524CHF(73万円)を負担することになります。健康な場合と医療費がかさむ場合とで、負担額に1.8倍程度の差しかないことが分かります。

(*) 厳密にはスイス居住者は医療と事故双方の基本保険に加入する必要がありますが、会社勤務だと事故に対する保険は会社が提供するため、基本保険から除外することで保険料が多少安くなります。

(続く)

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