2017年2月12日日曜日

スイス在住者が日本に一時帰国する際の医療保険

なぜ一時帰国時の医療保険が問題なのか

日本にいると気にする必要がないけれど、海外在住になると真剣に考えないといけないのが一時帰国時の医療保険です。

日本居住者向け医療保険制度

日本に住んでいる場合、何らかの公的医療保険に加入することが義務づけられており、保険料以外に支払う必要がある金額は非常に低額に抑えられています(自己負担額は現役世代で三割で、また上限額も設定されています)。

一方で海外在住者が一時帰国する場合には原則として住民登録はできず、したがって住民向けの公的医療保険に加入することもできません。実際には担当者の裁量で短期滞在であっても住民登録ならびに国民健康保険への加入を認めることもあるそうですが、これは住民税を払わずに住民向けのサービスを受けるという話になるので、今後、対応が厳しくなることはあっても緩和されることはないと思います。

日本の医療機関からの請求額

日本の医療機関では、全ての医療行為に国が定める診療報酬点数が設定されています。たとえば初めて病院の外来を訪れると初診料282点、薬を処方すると68点で合計350点といった具合です。

患者が日本の公的医療保険に加入している場合、医療機関では1点あたり10円として、その一部(現役世代は3割)を患者本人に、残りを公的医療保険に請求します。上の例であれば総額3,500円のうち3割に相当する1,050円を患者本人が病院に支払い、残りの2,450円は病院から公的医療保険に請求します。

患者が日本の公的医療保険に加入していない場合、次の3点が異なります。
  1. 診療報酬点数1点あたり10円以上を請求しても構わない。
  2. 消費税がかかる。
  3. 医療費の全額を患者に請求する。
公的医療保険では診療点数1点あたり10円、労災保険では12円と法で定められていますが、自由診療の場合には単価を医療機関が自由に設定することができます。1点10円から25円程度に設定している医療機関が多いようです。

仮に1点20円に設定されている場合、体調を崩して医師に見てもらって薬を処方してもったというケースで350点×20円/点=7,000円に消費税8%を加えた7,560円かかることになります。薬代も含めると総額は1万円程度。

この程度なら払えなくはないですが、何度も通院が必要になると負担も大きくなりますし、万が一入院が必要となると、たとえば比較的簡単な盲腸(虫垂炎)の手術でも合計30,000点程度になるため65万円前後の出費が想定されます。可能性が低いとはいえ、万が一、現実のものとなると大きな金銭的負担が発生するため、何らかの保険をかけるのが妥当です。

スイス在住者が利用できる保険制度

基本医療保険 (KVG)

スイスも日本と同様に皆保険制度をとっており、スイス在住者は基本医療保険 (KVG) に加入することが義務付けられています。日本と異なり保険は民間保険会社によって提供されていますが、保険対象の医療行為と単価は国が定めており、また健康状態によらず同一の条件で加入できることが保障されています。

スイスの基本医療保険に加入している場合「海外でのケガや病気に対する緊急を要する治療」も保険金支払いの対象となり、費用もスイス国内で同等の治療行為を受けたときの2倍まではカバーされます。スイスは日本と比較して医療費が高いため、これで不足するケースは少ないと思います。

一方、基本医療保険で対応できないケースもあります。
  • スイスと日本では承認されている治療方法や薬が完全に一致しているわけではない。したがって日本で標準的な治療を受け、薬を処方されたとしても、スイスの基本医療保険では保険対象外の可能性がある。
  • 基本医療保険が対象とするのは、あくまで海外での発病や受傷なので、スイス出国前からの既往症は対象外。定期的な通院が必要な慢性病を抱えている場合や、出国前に怪我をして継続しての通院が必要な場合も保険対象外となる。
  • 緊急の治療のみが対象となるため、緊急ではない場合には原則としてスイスに帰国して治療を受けることになる。(ある程度長期間の滞在だと帰国予定を繰り上げないといけなくなる可能性がある)
単なる海外旅行であればスイス国内で病気や怪我をしたら取りやめるという選択肢も十分に現実的ですが、日本人が一時帰国する場合に、それで取りやめとなると厳しいものがあります。

追加医療保険 (VVG)

スイスの保険会社は、基本医療保険 (KVG) に加えて、それではカバーされないリスクに対応する追加医療保険 (VVG) も販売しています。


追加医療保険は各社内容が様々ですが、たとえば大手医療保険会社グループ CSS が販売する Ambulantversicherung myFlex Premium を契約すると、海外における緊急時以外の通院 (Wahlbehandlungen) に関しても保険金支払いの対象となります。

海外旅行保険

海外旅行に関わるリスクをカバーする保険として海外旅行保険 (Reiseversicherung) がありますが、これも基本医療保険と同様に海外での発病や受傷が対象です。基本医療保険と比べると保険でカバーされる金額の上限や治療内容は広いですが、一時帰国での利用には適しているとは言い難い内容です。

将来展望

スイスで医療保険を提供している企業が、基本医療保険 (KVG) で海外における治療をカバーすべきだという提言をしています。スイス国内の医療サービスが高いため、隣国での治療を認めたほうが保険会社としても負担が少なくなる由。

参考: Kranke sollen sich im Ausland behandeln lassen

実際に法改正される目処は立っていませんが、これが実現すると助かりますね。

2017年2月2日木曜日

日本非居住者の RSU (制限付き株式) にかかる所得税申告

日本で勤務している間に RSU (Restricted Strock Unit; 制限付き株式) の権利付与を受け、その後で海外転出した場合、RSU が売却可能になった時点で日本への所得税納税が必要になります。先日はじめて自分で納税手続きを行ったので、その覚書です。

この記事は、以下の条件に合致する人にのみ役立つ内容です。
  • 日本勤務時に、日本以外の企業(勤務先の親会社など)から RSU を付与された。
  • その後に海外に移住し、移住後に株式の付与を受けた。
  • 日本と居住国の間に、課税に関する特別な取り決めがない。
なおあくまで私の事例なので、個別の事例に関しては税務署や国際税務に強い税理士にご相談下さい。(なお税務署に問い合わせても、こういう稀な事例に詳しい人がいなくて大変でした)

RSU (制限付き株式) とは

RSU とは従業員に対する報酬の一種で、自社株を将来の一定期間にわたって定期的に従業員に与えるものです。たとえば「これから4年間、毎年6月末と12月末に2株ずつ与えます」というように会社が従業員に約束します。
会社の業績が好調で株価が上がれば従業員の収入も連動して増え、また途中で退社すると、その時点で付与されていない株の受給権利が失われるので、会社にとっては従業員の意欲向上と離職率低下の二つの効果が期待できます。

RSU にかかる税金

日本の税制上は RSU も単なる給与所得と見なされるので、日本居住者であれば確定申告時に給与総額に付与された株式を含めて所得税を計算するだけです。これが、非居住者になると話が少しややこしくなります。

国税庁 タックスアンサー No.2878 国内源泉所得の範囲

「非居住者及び外国法人については、日本国内で稼得した「国内源泉所得」のみが課税対象とされます。「国内源泉所得」には次のようなものがあります。
(中略)

(10) 給与、賞与、人的役務の提供に対する報酬のうち国内において行う勤務、人的役務の提供に基因するもの、公的年金、退職手当等のうち居住者期間に行った勤務等に基因するもの 」

ポイントは2つ。
  1. 非居住者であっても、「国内源泉所得」については日本の所得税課税対象となる。
  2. 給与所得のうち、国内において行う勤務に起因するもののみが国内源泉所得。
具体例として、2000年1月1日に「今年の12月末日に1株与えます」と会社から権利を付与され、その年の4月30日に海外転出したケースを考えます。この場合、何が国内源泉所得なのでしょうか?
RSU は、1月1日に権利が付与されてから12月31日に株の現物が付与されるまでの勤務に対する給与と見なされます。海外転出後の勤務は「国内において行う勤務」ではないため、この期間の勤務に起因する所得は国外源泉所得と見なされます。したがって12月31日時点で付与された株の付与時点での時価を、1月1日から出国直前の4月29日までを国内源泉所得、4月30日から12月31日までを国外源泉所得として日数で按分します。

仮に12月31日時点の株価が36.6万円だったとすると、居住者であった期間が120/366なので、12万円が国内源泉所得、残りの24.6万円は国外源泉所得となります。

居住者期間の国外源泉所得

なお居住者であっても、その間に短期海外赴任・出張していた場合、その間の勤務は「国内において行う勤務」ではないため、この期間に起因する所得も国外源泉所得となります。

例として、1月1日から2月28日まで海外出張しており3月1日に帰国。その後4月30日に海外転出したケースを考えます。この場合、居住者かつ日本国内で勤務していた3月1日から4月29日までの60日間に起因する所得のみが国内源泉所得とみなされ、6万円が国内源泉所得、残りの30.6万円は国外源泉所得となります。

なお、これは業務上の理由があって海外に滞在した期間であり、単に有給休暇で海外旅行をしたというような場合には当てはまりません。

納税手続き

非居住者に対して国内において国内源泉所得の支払いをするものは、支払いの際に所得税を源泉徴収して納付する義務があります(国税庁 タックスアンサー No.1885 非居住者等に対する源泉徴収の仕組み)。したがって RSU が支給される場合でも、支払元が日本企業であれば企業の側で税額を計算して源泉徴収されるため、受け取った側で手続きをする必要はありません。自分で納税手続きが必要なのは、支払元が外国企業の場合です。

納税に際しては、まず1月1日から12月31日までの全ての株式付与に対して、個々に
  • 株式付与時での株価
  • 株式付与時の為替レート(株が日本円建てでない場合)
  • 権利付与から株式付与までの期間と、その内「国内において行う勤務」に該当する日数
を調べ、国内源泉所得の金額を計算します。件数が多いと、これが一番手間がかかります。

次に「所得税及び復興特別所得税の準確定申告書」を国税庁のサイトにある申告書・申告書付表と税額計算書等 一覧(申告所得税)のページからダウンロードし、指示に従って記入します。指示に従って記入すると、納税額が分かるようになっています。

最後に記入済みの準確定申告書を管轄税務署に届け出るとともに、税金の納付を行います。

海外から申告する場合、原則として日本にいる納税管理人が手続きを行うことになっていますが、海外から記入済みの準確定申告書を管轄税務署に郵送することで届け出ることも可能です。この際、
  • 記入済みの準確定申告書
  • 記入済みの準確定申告書のコピー
  • 返信先住所を記入済みの返信用封筒
  • 返信用切手
を同封すると、税務署で準確定申告書の写しに収受受付印を押した上で、控えを返送してくれます。海外にいて日本の切手が入手できない場合には国際返信切手券を購入して同封します。

税金の納付は、日本にある個人口座からの振替で行いました。事前に税務署に預貯金口座振替依頼書を提出しておくことで、当該口座からの引き落としとなります。(参考: 申告所得税及び復興特別所得税、消費税及び地方消費税(個人事業者)の振替納税手続

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